まなびとチノサン

あそびアート研究家

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ACTと心理的ウェルビーイング

ACTは、ただ創作を楽しむ時間ではなく、自分自身と向き合ったり、他者とつながるなど、生徒がよりよく生きるために大切なことを感じてもらう時間です。今回は心理学者のキャロル・リフが提唱した「心理的ウェルビーイング」に照ら合わせながら、ACTがどのように生徒の心に働きかけるのかを紹介します。①自己受容(Self-Acceptance)自分の長所も短所も含めて、ありのままの自分を認めることは、心の安定にとって欠かせない要素です。ACTでは、正解や評価から離れて、自分の内面を素直に表現することができます。例えば「うまく描けなくても、自分なりの表現ができた」と感じる体験は、「これが私でいい」という感覚につながり、自己受容を育みます。②肯定的な人間関係(Positive Relations with Others)アートを通じたコミュニケーションには、言葉を超えたつながりがあります。作品を見せ合ったり、感想を聞いたりする中で、自然とお互いの違いを認め、尊重する関係が築かれていきます。「自分の表現を受け止めてくれた」「誰かの表現に共感した」という体験は、信頼できる人間関係を育てるきっかけになります。 ③自律性(Autonomy)創作活動では、何を描くか(あるいはどう形作るか)、どんな色を使うかなど、自分で決める場面がたくさんあります。 「他の人がどうするか」ではなく、「自分はどうしたいか」を大切にすることが求められます。こうした体験は、「人に合わせるのではなく、自分の価値観で選び、動ける自分」を育てていく力になります。④環境制御(Environmental Mastery) アートを作るには、モチーフや道具の準備をし、気持ちを整え、制作に集中できる環境を自分でつくっていく必要があります。また、時間の使い方や作業の進め方を工夫する中で、日常の中でも「自分で環境を整える力」が養われていきます。創作を通して、「自分の周りをうまく整え、心地よく過ごす」力が自然と身につきます。⑤人生の目的(Purpose in Life)アートには、自分の考えや感情、願いを込めることができます。何気なく描いた絵の中にも、「今の自分は何を大切にしているのか」「これからどうなりたいのか」といった人生のヒントが隠れていることがあります。創作を通じて「自分の内側の声」を聴くことで、人生の目的や意味に気づくきっかけになるのです。⑥個人的成長(Personal Growth)最初は戸惑っていた生徒も、回を重ねるごとに自分の表現が深まっていくことを実感します。新しい表現を用いてみたり、思いがけない発見をしたりする中で、「前に進んでいる自分」「少しずつ変わっている自分」と出会うことができます。ACTは、「成長する喜び」や「変化を楽しむ力」を育む場でもあるのです。このように、ACTは一人ひとりの内面と丁寧に向き合う時間をつくり、自己肯定感や他者とのつながり、目的意識、自己成長といった「心理的ウェルビーイング」を、包括的に支えることができます。心を整え、豊かに生きていくための実践として、ACTはとても有効な手段になっています。

ACTってなーに?|人間は経験を通じて学ぶ

アメリカの哲学者であり、教育学者でもあるジョン・デューイは「人間は経験を通じて学ぶ」という経験主義の考え方を提唱しました。彼は「個人が経験を通じて学ぶことができるのは、その経験が個人にとって意味のあるものである場合に限られる」と考えました。つまり、人間は経験を通じて自分自身を成長させることができ、その成長は意味のある経験を通じて生まれるということです。ACT(アート・コミュニケーション・トレーニング)も同様に、生徒一人ひとりが自らの体験を通じて学ぶことを目的としています。自分自身を表現することを通じて、自分や他人との関係性を深めたり、違いを尊重し合えたりすることができる場です。また、具体的な創作活動を通じて、生徒一人ひとりが自分自身の内面を見つめ直し、その結果、自分自身を深く理解し、自分と他人との関係性を改善していくためのヒントにあふれています。現代社会において、コミュニケーション能力は家庭や地域、学校などさまざまな場面で必要とされる重要なスキルの1つです。これは人間関係を円滑にするだけでなく、自己理解にも必要不可欠と言えるでしょう。ACTを通じて、生徒は自己理解や他者理解を深め、コミュニケーションの方法を身につけ、より豊かな人間関係や生き方を実現できる礎を育てることができます。座学では得られないことを、実際の体験を通じて学ぶことができるのです。ACTでは創作やロールプレイ、グループワーク、ペアワークなどを通じて、コミュニケーションについてアートフルに学ぶことができます。また、振り返りの時間を設けており、生徒が感想を書くことで、より深い学びを得ることができます。私たちはアートコミュニケーション教育を通じて、子どもたちがより豊かな人間関係や生き方を実現できることを目指しています。  

ACTってなーに?|小学校編

小学校で実施されるACTは中学校と同様に、わたし(自分自身)と、あなた(他者)と、みんな(グループ・クラス=社会)と向き合う、コミュニケーションをテーマとする芸術体験を通じたワークを実施します。小学校での3回は生きていくことの根幹となる、感覚・感性・表現をめぐる学びの下地をつくりたいと考えています。初回となる5年生は進級を控えた3月に感覚と感性について。同じ風景を見る・聞くと言っても、みんなが同じものに気づいているとは限りません。だからまずは感覚を研ぎ澄まして聞くということをします。さらに同じ音を聞いたとしても、そこから何を感じたり、思ったり、考えたりするのかも、人それぞれです。ここではこれを感性と呼びたいと思います。感覚と感性。みんなそれぞれ違うのだから、自分のそれを大切に。そうすることで友達の感覚と感性も尊重することができます。6年生の1回目は秋に。嬉しい時の気持ちを絵で表現してみます。思い出した気持ちからどんな雰囲気や色を思い浮かべるのか。それも感性。それを抽象画というメディア上に「表に現して」みる。表現は生まれながら誰しもしていること。お腹が空いた赤ちゃんは泣きます。誰だって嬉しいときはニッコリします。辛い時に誰かに向ける、子どものいつもと少し違う表情。それも表現です。表現はみんなに必要なもの。だから恐れたり、めんどくさがったりしちゃいけません。伝わりやすい表現、効率的なコミュニケーションというものはあるかも知れませんが、それが上手くできないからしない、ではないのです。「困難だからやろうとしないのではない。やろうとしないから困難になるのだ(ローマ時代の哲学者 セネカ)」上手くいかなくたっていい。みんな遠慮なく表現をしてみよう。そして、他者の表現を受け入れてみよう。6年生の2回目は卒業を控えた3月に実施。グループで相談をしながら仮説を立て、スパゲッティの建築物を作ります。仮設的現場であえてもろい共同体を作った上で「上手くいくか分からないけど、まずはやってみよう」という体験をします。ここでは紆余曲折のプロセスそのものが作品の生成に見立てられます。共同作業ができるようになるプログラムを与えるのでも、また目標を達成するための労働に還元されるのでもない、プロセスそのものに価値が与えられた、自分たちの意思によって、自分たちだけの答えを探りながら見つけようとするワークです。これを小学校ACTの最終回とすると同時に、中学校でのACTの導入としたいと思います。なお、このような子どもの間(場)で発生するインタラクション(相互関係性)をテーマしたワークは、中学2年の2月、3年の9月でも実施されます。

ACT REPORT|仮説と仮設〜ペーパータワーをたてよう

2年生最後のアクティビティは、毎年恒例の「ペーパータワー」です。グループごとに決められた枚数のA4コピー用紙だけを使って構造物を作って、その高さを競います。折ったり切ったりするのはもちろんOKですが、あくまで紙のみで建設します。目標は190cm!こうすれば立つんじゃないか?と仮説を立て、仮設し、崩れたらまた仮説…仮設…とカセツをひたすら繰り返すトライ・アンド・エラー(とりあえずやってみて、ダメならまた考えてやりなおそう)の時間です。先生たちとの共有の場では、普段はあまり意見を言わない生徒が場をしきる姿があったり、最初はいまいち気が乗らない様子だった生徒もタワーが高くなってくるとどんどん顔が明るくなっていった話など、小さなドラマを発見したようでした。ACTの時間が新しい自分を見つけたり、自分の気持ちに気づくきっかけになると良いなと思います。 生徒たちからは「友達と一緒に考えを生み出すことで問題を解決することができて、その大切さが分かった」「以前のマシュマロ・チャレンジの時にはできなかった、みんなで意見を出し合って、やってみて、失敗したら原因を考えて再挑戦するを繰り返すことができてよかった」など、協働の楽しさを感じたようでした。